天才性

【天才性】羽生結弦選手に学ぶ、人としての在り方①

こんにちは〜

親子で世界中・日本中を行き来するライフスタイルを楽しみたい!

そんな夢のために、どこにいても自分らしく生きるマインドと稼ぐ力を身につける、『ボーダレス親子教育』を実践しているelleです。

 

いやはや、すごいものを見てしまいました。

2020年 全日本フィギュアでの、羽生結弦選手の演技です。

 

思い返せば、伊藤みどりさんが活躍していた頃からフィギュアスケートが好きで、
92〜3年頃から、本格的には97年の長野オリンピックから、様々な演技を見ては来ましたが(TV越しに)。

先日のフリーでの演技は、これまで見たどの選手の演技とも異なり、
完全に別次元でした。

1つ目のジャンプからして、
前日のショート・プログラムの時とは動き・雰囲気が全く違い、
そこからは音楽と演技・人と自然が調和した世界に引き込まれ、
終わった頃には自然とスタンディングオベーション(TV前で)。

 

まさにフィギュアの枠を超えた世界遺産。伝統芸能。

 

凄すぎるものの前に、語彙力のなさを痛感するばかりです。

 

 

演技の前後やふとしたシーンに、
少しこちらが気恥ずかしくなるくらいのナルシストっぽさを感じることもある羽生選手ですが、
実は個人的に注目しています。

そして年々、注目度が増してきました。

 

演技が好きなのはもちろんのこと、
最大の理由は、

人間が、与えられた心と体を思う存分発揮することができれば、
このようなレベルで存在することができる

というものを体現してくれているのが羽生選手ではないか、

と思うから。

(もちろん、人類全員がスケートをするわけではないので、
その人の分野においてということです)

 

例えば、

「極限のプレッシャーの中でも、本来の自分の力を発揮する」
ということだったり、

「自分の思ったように物事を動かしたり、自分が創造したいものを作り出す(結果を出す)」
ということだったり。

 

何というか、人間の可能性を示してくれている存在な気がするんですよね。

 

 

もちろん、その裏には並々ならぬ努力があることは十分に承知で、
その努力をすること自体、凡人には難しい。

 

1日くらいなら死ぬ気で頑張れても、

・たゆまぬ努力を現役10年にわたり続ける
・スケートを始めた時からと考えると、それこそ気が遠くなるくらいの時間、
人生を、努力し続けることに捧げている
・目標に向かって努力し続けることは、生活の一部

ここまでになるのは本当に難しいことで、

積み上げ続けられる

それこそが天才なのでしょう。

 

一方で、人間がこのような精神力をもってすると、
肉体を意のままにコントロールできたり、
人生において思うような結果を出せるという可能性を
羽生選手を通して感じるのです。

 

だって、すごくないですか!?

四年に一度のオリンピックで、
ここぞという日に自分の持てるものを出せる。(しかも2度も!)

これは、なかなか凄すぎる確率ですよね。

 

 

と、このような意味で注目をしている選手ではありますが、
先日見た演技はレベルが違いすぎました。

 

本当に久しぶりの実戦。
しかも喘息持ちの羽生選手にとっては、ある意味出ること自体が冒険の全日本選手権。

 

近年、あまりにも力が入りすぎているんじゃないか、
どうにもならないものを力でねじ伏せようとしているんじゃないか、
と感じることも幾度かあった羽生選手なのですが
(2度目のオリンピック以降、特に)

先日のフリープログラムの演技は、
そういったものを全て超越したレベルにありました。

 

もうね、1つ目のループジャンプから、
「これまで見たジャンプとは違う」と思いましたよね。

その後も、ジャンプを見るたびごとに、
何と言うんだろうか?

力業で飛んでいるのではない、
必然で飛んでいる、
余計な力を使わずに、心と体が伴った状態で自然と飛んでいる

素人目線ながら、こんな感覚を受けたんです。

 

そして、演技全般においても。

以前のオリンピックの時のプログラム『Seimei』を越えて、
まさに天と地を結びつけるような存在、人間陰陽師になってしまったというか。
祈りにも似た舞。

そんなことを感じました。

 

うまく言い表せませんが、
とにかく、一つのスポーツの域を超えたレベルにあったことは明らかだったと思います。

 

 

歌舞伎や能など、日本の伝統芸能の世界にも通じる、空間と人との調和。

なんだかそんなことも感じて、
フィギュアスケート選手以外の人にもシンパシーを与えるような演技ではないかと思ったし、
空手の研ぎ澄まされた型のような、そんな感覚も受けました。

 

 

一つ思い出すことがあるとしたら、

私が一時期好きだったロシアのアレクセイ・ヤグディンが、
オリンピックで金メダルを取った後の2003年シーズンで
GP初戦に登場した時のこと。

『スターウォーズ』の音楽で踊ったショートプログラムで、解説の方が

「なんだかトレーニングの仕方を変えたんじゃないかと思いますね。
ジャンプが、以前みたいに力がで降りるという感じではなくて、
質の良い筋肉を使って降りるみたいな感覚を受けます」

とおっしゃっていたのですが、
ジャンプなどの身体表現については
この言葉に近いものを感じました。

 

前日のショートプログラムでは、また少し力みがあったような気もしましたが、
フリーではそういった余計なものを全て超越。

ごく自然な佇まいから繰り出される必殺技は、
余分な力が入っておらず、決まるべくして決まっていく。

本当に心技体一つになり、空間を制圧しているかの如く見えたのです。

 

この、空間を制圧する感じ。

 

今、『鬼滅の刃』なんかでも

「全集中の呼吸」で自分自身の細胞をコントロールしたり復活させることがある程度できる

と出てきたり、呼吸で技を繰り出していきますが、なんだかそれに近い。

 

人って、

磨かれた技術 + 目に見えない部分までも自分の感覚を研ぎ澄ます

と、その人のベスト、最高のものが創り出せるのではないでしょうか。

 

 

とにかく、フリーの演技が終わった時には、目の前のキセキに対してただただ拍手。

競技者を超えて表現者の域にたどり着いた、
それどころか、人間技を超越したものを見せてもらったような気がして、
もう唖然呆然でした。

 

 

このような演技の裏で、絶え間ない努力の日々があったということ。
1日いちにちを積み上げたということ。

 

おそらく、「これを毎日やる」というような自分ルーティンを
日々改良しながら遵守しているような生活なんじゃないかなと思うのですが、
それができるということ。

 

コツコツひとつずつ積み重ねた上の、この演技。
その裏にフィギュアスケート生活何十年。

今回はコーチも帯同していないことを考えると、
自己コントロール力が抜きん出た、やはり途方もない存在だと思います。

 

というわけで、羽生選手の人間力のすごさをまとめると。

 

・心技体の一体化レベル

 

・心と身体をマックスに合わせる集中力
(これを神がかっているというのではないか?)

 

・(その裏に、おそらく)日々のルーティン遵守生活
→ 自分に合うように日々アップデート
& 前進するために常に研究している可能性大

 

大部分憶測なんですが、
ここぞという時に結果を出すという点では、
おおよそ、こんなところではないだろうか、
と思うわけなのです。

 

 

〜 このシリーズ、続きます!(笑)