こんにちは〜
親子で世界中・日本中を行き来するライフスタイルを楽しみたい!
そんな夢のために、どこにいても自分らしく生きるマインドと稼ぐ力を身につける、『ボーダレス親子教育』を実践しているelleです。
前回のお話の、その後のストーリーです。
まるき(長男・9歳)の周囲の大人が、
よってたかって声をかける境遇にストップ。
子どもの反応は、どうなったのでしょうか?
子どもが行動する前の声がけを自粛してみた
早速、まるきが学校から帰宅後、
いつもなら言うはずの
「宿題終わった?」
「ちょっとー、何やってるの」
そういう言葉は、もう個人的に封印。
まるきがどうなるか、観察してみました。
すると。
しばらくは自分の好きなように過ごしていましたが、
程なくして私の顔色を横目で伺いながら
「さあ、宿題しよっかな〜〜」
と、何やらゴニョゴニョ言い始めたではありませんか(笑)
といっても、私が部屋に入るまでは何にもしていないんです。
私が部屋に入っていくと
「きっと何か言ってくるだろう」
というような目で私をチラ見してくる😅
↓
あれ、お母さん何も言わないじゃん! という表情🤣
↓
「あ、そうか。宿題をしなくちゃいけないんだった」
「ここで今、全部終わらせてたら、
習い事から帰ってきたら遊べるからね〜〜」
などと独り言を言いながら机に向かう🤣🤣
と、このような調子でした。
習い事から帰ってきてからもそうです。
食卓に夕食が並んでいるにも関わらず
「ねぇねぇ、ゲームしていい?」
と言ってきた、まるき。
そこで、いつもなら
「何言ってるの?」
と一喝するところ、
「状況を見て、自分で考えてみようか」
と言うだけに留めると、
「あ、そうだ。ご飯の時間だった!」
と、冷静に自分で判断し、手を洗いに行っていました。
いつもなら、もう泣きそうなくらい抵抗して
「ゲームがしたい!」
と言うのに、です。
結果的に、大人が
「こうしなさい、ああしなさい」
「まだやってないの!?」
などと、うるさく言い過ぎない方が、
自ら察知して動くように見受けられました。
結局は、大人が自分を律すること
なんだか、もっと早くこうしていれば良かった! という気分です。
まるきへの接し方については、
私と両親で考え方や行動も異なる部分があり、
何回か衝突したこともありました。
親(特に母)は、スローペースなまるきを心配して、
人一倍声かけが必要、と言う。
私はある程度、自分で考えて動けるようになって欲しい
という思いから、
うるさく言い過ぎない方が良いと思ってきたのでした。
それが今、
将来を考える時期にさしかかり、
まるきの人生や将来を考えたら周囲と衝突している場合でもなくなり、
私の気持ちもある意味定まりました。
これからの指針は
子どもが行動する前に、何やかんやと声をかけすぎない。
声をかける時は、促すように!
自由にやらせる、何も言わない、ということでもありません。
まるきの場合、やはり気づくのが遅かったり
人一倍スローなことは確かなので
「促すように声をかける」
がポイントです。
これまで、まるきの行動を見ては
大人の感情がぶれ、
「まだやってないのか」など怒ったりして
感情的に口走ってしまう言葉が本当に多くありました。
子どもが自ら動く前に、うるさく声をかけすぎてしまうのは
大義名分的には子どものため。
でも実際は、全くためにはなっていませんでしたね。
そして、子どもが自ら考えたり行動したりする前に、
声を荒げない・口出ししない。
そんなことの重要性は、頭では十分理解していても、
実際にそれを行動して行くには
自分自身を律すること。
それがどれだけ大切かということを学びました。
感情コントロールではなく、今の目的を大事にする
とはいえ、正直、大人が自分の感情を律することって、とても難しい。
子どもは子どもで感情を抑えるのが難しいのですが、
大人も、もうこれまでの行動習慣・感情習慣みたいなものが
根づいてしまっているからです。
そこで、私は、このように考えてみることにしました。
すなわち、かけがえのない子どもの将来に対しては
今日という1日は、なりたいものをつかみ取るための第一歩。
とにかく私は、親として、
子どもには幸せになってほしいし
なりたいものをつかみ取ってほしいんですよね。
何だかんだと口出ししてしまうのも、結局の動機はここ。
とすれば、
今の立ち位置、
今どこに向かっているのか?
今日が何のための1日なのか?
ここを明確にしておく!
すると、
自分で気持ちを落ち着かせようとか
コントロールしようと無理に諌めようとしなくとも、
自然と、自分自身の気持ちが安定したのです。
これには驚きました!
感情ってコントロールすることが目的になると、
さらに暴れ出したりするものですが、
感情にフォーカスではなく
目的にフォーカスすることで、
自然と感情が整うような
そんな感覚でした。
長い人生。
子どもも私も、今日という1日がどこへ向かっているのか、
目的を明確に、過ごしたいと思います。
