天才性

【子育てあれこれ】休校最終日、天才性について思う。

こんにちは、elleです。

親子で世界中を行き来するライフスタイルを楽しみたい!

そんな夢のために、どこにいても『自分らしく生きるマインドと稼ぐ力を身につける、ボーダレス親子教育』を実践しています。

 

猛威をふるっているコロナウイルスも、ここ日本では少しずつ収束の兆しが見え始めましたね。

いよいよ昨日から、長男の小学校も本格的に再開となりました。

 

実は、私の住む地域の小学校は、2週間前から、希望者向けに少しずつ慣らし登校が始まっていました。

先々週は1日1時間半、先週は少し長くなって午後2時まで。

そして、今週からは本格的に授業再開となり、
小学3年生の息子は初日からゴリゴリ6時間授業でした。

 

そんな、終わってみればあっという間だったような
コロナで休校・最終日だった今週日曜日。
訳あって、天才性について考えました。

 

 

最終日まで、学校の宿題(修正)に終われた件

 

先日、実質的な休校最終日。
なんとこの最終日まで、学校の宿題の仕上げに追われていた息子😓

といっても、勉強系は既に終わっていて、
最後の最後まで残っていたのは、そう、苦手な日記でした💦

 

息子の学校、休校が始まって1ヶ月ほど、ほぼ野放しだったことは
以前にお話したかと思うんですが。。

2週間前、急に山のような宿題を渡してきて、
そのうちの1つが日記だったんですよね。

 

ちょうど、息子はスピーチ練習をしていたので、
いつものスピーチ原稿の要領で日記の原稿を書き、
間違いなどは一緒に直して
学校提出用の日記帳に清書する、
という作業を毎日のルーティンにしていました。

そして、提出用の日記帳は、きちんと書けているだろうと信じて
ほぼチェックしていなかった訳ですが。。。

 

2日前に見てびっくり!

 

もともと、文章を書くことが不得手ではあったのですが。
字はノートで踊り狂い、表現も間違ったまま。

 

これは、、、読めないやないかーい!!!

 

本人はしっかり書いたつもりなのですが、
誤字脱字が多かったり、
原稿用紙の枠というものを一切無視して、はみ出たり、縮こまったり。

清書前に、一緒に直したはずなのに、
直す前の間違ったままの字を書いていたり。

 

こ、これでは、学校に提出できない。。
今すぐ、書き直しなさーい!!

 

という訳で、可能な限り、修正させていたんです。

 

・・・が、これが本当に疲れました。

 

息子 「ちゃんと書いたのに!!」 (猛反発)

私 「いやいや、本当はもっと上手に書けるでしょ?
提出するものは、硬筆レベルと思って書いて!」
(硬筆レベル = 自分の中で、一番綺麗な字)

息子 「もーー!!!(怒)」

 

この繰り返し😭

 

親としては、
「提出するものは丁寧に書くべし」(自分比で良いので!)
と思ってしまうのですが、
息子は激しく抵抗。

部分的な書き直しだけでも、
1日がかりだったのでした。

 

天才性について、考えた。

 

その渦中、たまたま過去の雑誌を整理していたら、
数号前の雑誌『25ans』(ヴァンサンカン)のコラムで、
作家の川上未映子さんがハッとすることを書いていました。

 

文章に関しては、文字や文が好きな子は自分でどんどん勝手にやって行くので、親の出る幕がないという持論。
魂がそういう感じなんですよね。

これはもう仕方ない。
最低ラインをどこに設けるか、は考えものですけど」

みたいな趣旨です。

 

 

もう、それそれ!!
わかるわかる、わかりすぎるーーー!!!

 

 

息子はまるっきり、文章とか言葉、という魂じゃないんですよね。
日記なんて気の進まない宿題は、とにかく何か書いていればOK。

硬筆を一切習っておらず、文字のルールも全く定着していない
(1年生で1回は習ったはずだけど)
ので、文字も感覚的に、適当に書くのに慣れきっている状態💦

 

かたや、親の私は、どちらかというと文字・文章タイプ。
別に強制されなくても、文章書いたり本読んだりしていたし、

硬筆も習っていて、枠の中にどのように文字を書くかということが
ひととおり染みついており、
そのルールを無視した文字に対して、
これは違うよ・こういうルールで書くんだよ、と言いたくなってしまう。

(といっても、
漢字でいうと、はらい・はね、
ひらがなでも、上と下どちらが長いか・短いか
とか、ほんとそういうレベルなんですけどね。。)

 

どうりで、最低限の文字の書き方を習うこと・教えることが、
子どもも親も、苦痛で苦痛で仕方なかったわけです。

 

 

・・・。

こんな時、最低ラインってどこに設定したらいいんでしょうかね?

 

 

もう、本当にいろいろなことを考えました。

 

私の頭のOSが、もはや古いのだろうか?
世の中の仕組み・成り立ち・精神は、既に新しい時代に突入しているのに、
その時代の子どもと接する親のOS(脳)が古すぎるのではないか、とか。

 

例えば、今や、漢字なんてスマホ・パソコンで一発で変換できる時代。
音声入力だって精度が高まっていて
字を書く機会もどんどん減っているというのに、
明らかに字が苦手、という子に対して
こんな無理やり、やる意味ある??

などなど。

 

実は、自分でも気づかない・わからないうちに
子どもの天才性を引き出せるような
新しい教育をする時代になっているのに、
その時代に逆行して、
古ーい学校教育に縛られているんじゃないか、とか
そんなことを思ってしまいました。

 

 

一方で、手書きの良さや味わい、
漢字の良さも捨てられない私😓

 

字は体を表す、とはよく言ったもので、
字を見ると人となりが理解できる気がするし、
漢字って、見たら意味が何となくわかる、というところが
ツールとして凄いと思うんですよね。

 

一説には、日本の小学生が海外へ初期留学すると、
英語(あるいは現地語)に慣れたあたりから概ね好成績を残すらしいのですが、
その理由の1つが漢字教育なのでは?
とも考えられているらしいです。

 

文字・読み方・意味などを繋げて覚えていく作業が
脳にも良いらしいんですよね。

 

だから、ぜひとも、きちんと書けるようになってほしいのだけど。。

 

あまりにストレスになるようなら
ハードルを下げるべきか。

いや、でも、「提出物はきちんと書く」
この習慣は身につけてほしい。

と、思い惑う日々です。

 

 

まあ、息子の適性を考えれば、明らかに文・言葉というタイプではない。
天才性を発揮できるのは、きっと違う分野なのだ。

それだけは、はっきりしました😂

 

ただ、丁寧に書いた時の字は、わりと良いので(もちろん本人比)、
やっぱり頑張ってほしいんだよなー

 

 

・・・ちなみに、
激しくバトルしながら宿題をしたその日の夜、
子どもが寝たか、様子を見に行くと。

なんと、息子がこっそりと、iPhoneのボイスメモに
「お母さんはバーカーよ〜♬」
とメロディー付きで吹き込んでいるところに遭遇(!)

 

初の作曲をしてみたんだそうです。

 

「お母さんはバーカーよ〜どうして〜♬」と数回リフレインした後、
最後1フレーズだけ
「良いときもあるけ〜ど〜♬」
で締められたオリジナル楽曲でした。

 

ついに私も、息子からバカと言われた(涙)
とショックを受けた反面、
「おお! ピアニカすらまともにできなかった息子が、初の作曲とは!
もしかして、天才性の1つかも!?」
と思ったりして、
なかなか複雑な夜でした(笑)