こんにちは、elleです。
親子で世界中を行き来するライフスタイルを楽しみたい!
そんな夢のために、どこにいても『自分らしく生きるマインドと稼ぐ力を身につける、ボーダレス親子教育』を実践しています。
子どもには、国がどうとか、人がどうとか、そんなことにこだわらず
のびのび自分らしく生きて欲しい、と願う私。
そこで『ボーダレス』と掲げていますが、
境目を超えることって、何も国境とか人種とか、
国や地域をまたぐだけの話ではないんですよね。
例えば夫婦関係であったり、
自分や子どもの人間関係であったり、
自分と同じ価値観の人は1人としていない以上、
実は、身近なところにもボーダーって存在するんだと思う、今日この頃。
そこで最近感じるのが、相手が外国人だと、
お互いに境界がある・違いがある、と感じるのが
ある意味楽かもしれない、ということです。
今回は、夫婦間の考え方の違いをテーマに書いてみたいと思います。
親戚の近況から、夫婦間の考え方のズレを考える
私は、縁あって国際結婚したのですが、
(今では、なんと浅はかだったのか、と思ったりもしますが💦)
親戚は皆、日本人同士で結婚しています。
母方の、四人兄弟のいとこ(姉2人、弟2人)も全員結婚し、
それぞれに子供がいて、
伯母はなんと、11人の孫がいるおばあちゃん。
みな、良い家庭を築いていると思っていたのですが、
ここへ来て、伯父が体不調となり、闘病生活を送ることに。
それをきっかけに、各々の家庭事情・夫婦間問題が
明らかになり始めました。
きっと、それまでも色々とあったのでしょうが、
平和な中で見えてこなかった部分が
闘病という非常事態をきっかけに表面化した、
というところなのでしょう。
伯父は今、市内の総合病院へ入院しているので、
伯母が毎日のように病院へ通っていますが、
問題は退院後。
元々の住まいが超のつく田舎で、
そこでの介護は絶対に無理だという話になり、
退院後、どこへ住まうか、どのように介護していくか、
と家族で話し合う過程で、
各夫婦間の問題に、何だかみんな気づいてきた、
というのです。
伯母も当初、子どもが4人もいるんだから
介護になっても何とかやっていける、
と、ショックの中にも肯定的な考えを持っていたようですが、
蓋を開けてみたら、それぞれに家庭の事情があり、
今後の見通しがなかなか立たない、とのこと。
そこで繰り広げられている家族ドラマの話を
母を介して又聞きしながら、
意外や意外、日本人同士の夫婦って、
わりとお互いに壁を作って、相手に踏み込んでいないんじゃないかな?
と、感じたのでした。
もちろん、良い悪いとかではなく、
こんなこともあるんだという一例として
思考のタネにさせていただきます。
(あ、モデルになる親戚のみんな、ごめんなさい💦)
夫婦間の考え方のズレ:私の場合
私自身の話をすると、結婚当初から
夫とはまあーーーぶつかりましたよね。
結婚相手が外国人だったので、結婚早々、想定した以上の壁に激突。血みどろ(笑)
そもそも、夫とは、日本で出会いました。
彼の方が日本へ馴染もうと順応している最中で、
日本語も100%ネイティブとはいかないまでも
日常会話は問題なく話すことができていたので、
結婚前は、あまりお互いの違和感に気付かなかったんです。
いや、気付いていたのですが、
夫自身が日本のことを知ろう、合わせようと努力していたし、
私も、外国人である彼との違いを理解しようと努力していて、
お互いの根本的な違いに気付かずに、結婚まで至ってしまいました。
そして結婚後、仕事の都合で韓国へ移住。
その結果、、、。。。
結婚後、どれだけ悲惨だったか、お分かりいただけるかと思います😅
簡単に言えば、
日本では環境に馴染もうと努力していた夫が、
自分のテリトリーである韓国に戻るや否や、
「俺に合わせろ〜韓国に合わせろ〜」
と豹変。
いや、実際に言われたわけでは全くないのですが、
私の考え方や、すること1つにも文句を言われるたびに、
私にはもう
「俺に合わせろ〜韓国に合わせろ〜」
という呪文にしか聞こえなくなっていました(笑)
解決済みの今、笑い話になっているのが信じられないほど
当時はストレス真っ只中。
彼も、韓国人の悪気ない考え方で
「結婚したんだ、いいだろう」
と自分たちの幸せな姿を見せびらかしたかったし、
外国人であっても、
私が立派に奥さん・お嫁さんをやっている、
という姿を見せて自慢したかったようで、
まあ要求の多かったこと。
(一般的に、韓国人の『幸せ』の基準に、
他人からどう見られているか、が
かなり入っていると感じます。
今では夫も、だいぶ変わりましたが)
ところが、当の私は、
儒教精神溢れる、
「目上を敬う・夫を敬うのは当たり前」
という頭ごなしな風潮が大嫌い。
もちろん、敬わないということではありません。
敬うことや合わせることを、さも当然と、はなから期待されている、
義父母や夫が最初から踏ん反り返っている(ように見えてしまう)、
こちらのアイデンティティは完全無視。
それらが嫌で、まあ反発ばかりしていましたね。
(もちろん、まず合わせる努力をした上での話です)
夫はもともと、複雑な家庭環境で育っており、
是が非でも親孝行をしなければならない、
みたいな家族主義とはちょっと離れたところにいて、
その点は楽ではありましたが、
すでに亡くなっていた義父の法事を年3回はしなくてはいけなかったり、
義両親に尽くす代わりに、
これまでお世話になった先生や職場の人に尽くすべしと考えていたりなど、
やっぱり日本とは違う韓国式の考え方に、
都度大いに躓きました。
夫も、私が日本人で、同じ習慣や考え方ではないと分かっていながらも、
無意識のうちに
「ここは韓国! こうするのは当たり前!」
と、要求する気持ちが溢れ出ていたようです。
そんなこんなで、結婚当初はもう喧嘩ばかり。
何度、夜中に家を飛び出したか分かりません。
ちなみに当時、家を飛び出して、徒歩20分くらいの距離にある
大きい図書館のベンチに夜中一人で座っていたんですよね。
日中は人通りの多いエリアなんですが、
夜間の図書館は、それはもう薄暗く、物静かで、
薄気味悪かったことを覚えています。
今考えれば物騒だったかもしれないのに、
とにかく鬱憤を晴らしたい、
モヤモヤした気持ちを何とかしたいと、
夜中に飛び出したり、
深夜営業しているカフェに籠もったり、
なんてことをよくやっていました。
後年、仲良くなった、やはり近所に住む日韓カップルの友だち(日本人)が、
「私、旦那と喧嘩して、今〇〇図書館のベンチに座ってる」
と電話してきたことも(笑)
「そこ、私も前に座ったよ!」
と、盛り上がったものです。
とにかく、相手が外国人だと違うところがありすぎて。
かといって、その違いに目を瞑りつつ、
文化風習の違う外国に住むというのも耐えられず。
夫と結婚していなければ、この国に住む理由は一切ないという感じだったので、
心の中で
「この人と分かり合えるわけがない」
「でも、分かり合えなければここにいる意味がない、もう離婚!」
と、葛藤する気持ちを抱えつつ、
とにかく必死でした。
今にして思えば、もう少しスマートなやり方もあったと思うし、
今の私であれば、
・相手が何を言ってこようと動じない
・自分の意見を(感情を荒げることなく)普通に伝え、静かに待つ
みたいな、相手に惑わされない態度をとれたかもしれません。
しかし、当時は現地での生活もままならない上、
経済的に自立もできていない、弱い立場。
そんな中で、夫婦間のちょっとしたズレや違和感を見逃し続けていくと、
もう居心地が悪すぎて悪すぎて。
それに耐えられず、とにかく向き合うしかないという感じで、
ガチンコ勝負してました。
もちろん、毎回ガチンコしているわけではありません。
何週間、何ヶ月と我慢し、見過ごした上での爆発です。
見過ごし期間が長いほど、火山級の大爆発になっていた気がします。
そのように、毎回ガチンコ勝負してきた結果、
言いたいことは大体何でも言い合えるようになってきました。
かといって、何でも分かり合えるようになった、
ということではありません。
お互いの考え方の違いは、明確に存在しています。
何か一つを決めるにしても、
夫と私の考えが違うことがほとんどなので、
まずそこをどう埋めるか、からスタート。
「当然こうだよね」っていう前提が違ったりもするので、
正直面倒臭いです。
ただ、10年近く話し合ってきたおかげで、
「自分とは違うけど、相手の当然こうだよね、は、これだ」
みたいなのは、だんだんわかるようにはなりました。
夫婦間の考え方のズレ:日本人夫婦の場合 case1
一方、私のいとこたち(日本人夫婦)。
夫婦間で、話し合うには話し合っているとは思うのですが、
お互いにちょっとした違和感を感じた時に、
わりとスルーしがちなのかな?
と、感じるところがありました。
まあ、スルーする方が楽ではあるのですが。。
例えば、伯父の入院先の病院と同じ市内に唯一住む、長女夫婦。
2人の子どもを抱えて共働きで、
夫の方が時間の融通が効きやすい仕事のため、
家事・育児は、ほぼ全て夫が取り仕切っているそう(驚)。
その旦那さん、なかなかの完璧主義で、
自分の考え通りに事が進まないと怒る傾向にあるらしく、
家庭内の平和を維持するため、終始妻の方が合わせている状態。
旦那さんにしてみれば、
「日々、まわしていくにはこれがベストなんだ」
ということなのでしょうが、
自分のやり方を絶対に崩さず、人に合わせることは一切ないそうなので、
一緒に暮らすのは大変だろうと思います。
今回、伯母も通院のために長女宅に身を寄せ、3ヶ月間同居していましたが、
だんだん家庭内のムードが険悪になり、ついには
「もうこれ以上一緒に住めない」
と、長女の夫にブチ切れられてしまい、
まだ伯父の投薬治療の最中ですが、出て行く羽目になりました。
伯母はほんわかキャラで、全然口うるさくないし
義家族としては絶対暮らしやすい方!
と、私なんかは思ってしまうのですが、
人によって価値観は違うもの。
どうしても許容できない、何かがあったんだと思います。
もし、私が長女の立場だったら、、
病院までの距離や看病の諸経費などを考慮して
母との同居がベストなら、
是が非でも夫と話し合って、お互いの不満点を聞き取り、
折衷案を模索するかなー、とか、
どうしても同居が無理なら、兄弟全員でお金を援助して、
病院の近くに母用のアパートを借りる、という手もありか、など
色々考えました。
少なくとも、状況が状況なだけに、多少イレギュラーなことでも理解してほしい、
と、夫にお願いすると思います。
ただ、私のいとこである長女は、自分の母と夫との橋渡しにほとほと疲弊。
結局、伯母が出て行ったことで家庭内不和が解消され、一件落着。
みたいになっていました。
長女自身、こんな非常事態にも、我を貫き通す夫に対して
興ざめしている部分もありつつ、
話し合っても彼は変わらない、という諦めもあるようです。
伯母はといえば、私の母が管理している祖父母の家へ住む形にしましたが、
病院からは遠く離れてしまい、毎日の通院による疲労が気がかりな事態に。
親の介護問題って、それこそ親子関係によるところも大きく、
これが正解という訳でもないし、一概に論じることはできません。
親の問題より、夫婦関係を優先すること、それは正しい選択でしょう。
ただ、もし、
「自分は親を助けたいと思っているのに、パートナーは拒否」
という状態に対し、どうしようもないと諦めて終わっているとしたら、、
なんか悲しくないでしょうか?
私だったら、相手が自分と違う考えなのは、よくわかる。
けれど、自分が大切にしているものを相手にも理解してほしいかな、
と、思ってしまうんですよね。
もちろん、これも相手あっての話。
私も、韓国にいた時に、自分のキャパ以上のものを要求され、
夫の大切にしている価値観に添いきれなかったので
よーくわかるのですが。
じゃ、どこまで合わせられるか? 受け入れられるか?
いとこのケースなら、義母との同居はもう無理、と話す夫に対し、
どこがどう無理だったのか?
何を改善すれば、同居を続けられるか?
どうしても同居は無理、という場合、
親の経済状況を考えて生活費をいくら支援したいけど、良いか?
などと、話し合うことはできたかもしれません。
いずれにせよ、夫婦のパワーバランスは同等であることが大切だと思います。
・どちらかが、言いたいことを言えないでいる
・どちらかが、いつも相手に合わせている
(片方のパートナーはそれに気づかず、むしろ自分が合わせてあげていると思っている)
こんな状態だと、結婚生活、なかなか大変ですよね。
と、このような調子で、
イレギュラーな事態をきっかけに、
夫婦間の考え方の違い・ズレが表面化することって
実は多いんじゃないかな? と思います。
普段は気づかなくて、同じ日本人同士、
一見、基本的な価値観の共有ができていそうなものだけど、
意外とお互い違ったり。
もう1件、考察するケースがあるので、
また次回、書いていきます。
