バイリンガル育児/教育

【外国語に親しもう】バイリンガル育児、理想のスタイルとは

こんにちは、elleです。

親子で世界中を行き来するライフスタイルを楽しみたい!

そんな夢のために、どこにいても『自分らしく生きるマインドと稼ぐ力を身につける、ボーダレス親子教育』を実践しています。

 

前回の続き、バイリンガルについて。

 

子どもに「バイリンガルになってほしい」と思いながらも、
バイリンガル育児・バイリンガル教育、とフォーカスしてこなかったのは
一体なぜなのか?

 

理由の1つとして、
子どもが幼少期の頃、周囲の影響でバイリンガルになるにはどうしたら良いかを自然と学んだこと、
これまでは読み書き含めた言葉の悩みに直面していなかったこと、
と振り返ってきました。

 

もう1つ、言語の習得に関して、印象的だった出来事があったので、思い返してみたいと思います。

 

 

ハワイで聞いた、週末に通う補習校のこと

 

結婚前、人生のバカンスとばかり、ハワイへ滞在した時のこと。

滞在先のオーナーが、色々と友人を紹介してくれたり、
知り合いのホームパーティーに連れて行ってくれたりしていたのですが、
中に、お父さんがアメリカ人でお母さんが日本人の家族がいました。

一人息子は高校生で、勉強がよくできるとのこと。

たしかに賢そうな息子さんで、
漢字も書ける! 日本語も話せるよ!
と披露してくれていました。

 

その時に、私に対してポツリと言った一言。

 

「もー、日本語の勉強が大変でさ〜」
「他にもハーフの子がいるけど、みんな学校にしか行ってないのに、自分は週末ずっと補習校に通ってて」
「遊びたいのに遊べないし、漢字はいつまでも終わらないし、はっきり言って嫌だったよ」

 

聞けば、お母さんの意向で、日本語を習得するため
週末の補習校通いを長期間続けていたそうです。

補習校は宿題も多く、なかなか大変だったとのこと。
大変であるが故に、ハーフの子どもたちでも、そもそも通わなかったり途中で辞めていくケースもあったのだそうです。

 

・・・そうか、そうか。その甲斐あっての日本語なのか。

英語圏で、プラスアルファで日本語を習得するって、こんなに大変なんだ。

お母さん、頑張られたのね😭

 

そこも、家での会話はほぼ英語とのこと。
お母さんが、日本語を習得させることを放棄していたら、
間違いなく英語オンリーになっていたことでしょう。

そう考えると、お母さんの意思と頑張りには頭が下がる思いでしたが、
同時に、この男の子にとっては
「日本語の勉強、全然ハッピーじゃなかったんだな〜」
とも感じ…。

 

当時、私はよもや、自分の子どももハーフになるとは思ってもいませんでしたが、
その男の子の表情が妙に焼き付いてしまったのでした。

 

いつかは、日本語ができることをプラスに思える日が来ると良いのですが、
言語の習得って、強制だとツライなー
と実感した出来事でした。

 

言語の習得。理想形とは?

 

我が子にはバイリンガルになってほしい、と願いながらも、
強制は難しいし、したくない。

親の私がそんな考えだったからか、
幼少期はギリギリ日本語・韓国語のバイリンガルだった長男も、
4歳後半での母子日本帰国から1年経つ頃には
日本語オンリーの立派なモノリンガルになりました。

 

私も、帰国後1年くらいは、なんちゃって韓国語で話しかけたり
韓国語の絵本を読んだり、と努力していましたが、
日本語もままならない状況の中、韓国語まで欲張らなくていいや、
と割り切ったが最後、
どんどん使わなくなっていき…

 

韓国に残っている夫も、最初の方こそLINEのビデオ通話で
子どもと韓国語で話そうとしていましたが、
自分も日本語勉強中で
どちらかと言えば日本語を話したいタイプ。

子どもが日本語優勢になるにつれ、
日本語での会話が増えていき、
たまに(おそらく友人の子どもに触発されたりして)
韓国語を学ばせる熱に火がついたりしつつも
あっという間に鎮火、
韓国語の維持には役立たず💦

 

帰国後も、ちょくちょく韓国へ行き、
夏休みに現地の幼稚園へ通わせたこともありました。
その後には、一瞬だけ韓国語ブームが来るのですが、
やはり長続きはせず。

 

つい最近わかったのですが、
今や韓国語で「1、2、3、4」も言えない(笑)

嗚呼、帰国直後、韓国語で一人遊びしていた頃が懐かしい。。

こんな風に、人は言葉を忘れていくのね〜。
と身を以て体感しました。

 

やっぱり、言葉においては環境の力って大きい。
どうしても、インプットの量が少ないと定着しないし、使わなければ忘れてしまいます。

 

おそらく、海外と縁のある(あった)子どもを持つ親の多くが、
片方の語学力の維持や発展のため、頭を悩ませるのではないでしょうか。

 

そんな中で、私なりにたどり着いた1つの結論があります。
それは、言語はやはり、話さざるをえない状況でこそ上達する、ということ。

 

個人的な体験から、言葉というのは、たとえ海外に行ったとしても、
単なる語学留学よりは仕事やスキル習得など、
どうしても何かを伝えなければならない環境の方が
話せるようになる気がしますが、
参考にしているのが、海外拠点で活動しているスポーツ選手たちです。

 

テニスの錦織圭選手然り、
フィギュアスケートの羽生結弦選手然り。

英語が得意と言えない状況でも、
やりたいこと・極めたいことのために10代半ばで海外へ行き、
今やメディア対応も立派にこなせるぐらいの英語力を
身につけている姿を見ると、
言語習得の秘訣って、

 

好きなことや得意なことをする中で、必要になり勉強する
学ばざるをえない環境に身をおく

 

これではないか?
と思うのです。

 

2人とも、言葉が第一目的で海外に行ったのではありません。
競技力向上のために、海外へと拠点を移し、長年研鑽を積んだ結果、
立派な英語力を身につけています。

 

錦織選手について詳しくはないのですが、
13歳で渡米した当初は、英語が苦手で引きこもっていた、
という話が随所で語られていますよね。
時折垣間見える素の表情からも、自ら英語で話しかけていくタイプとは思えません。

それが今や、あの堂々たるインタビュー姿。
試合後の勝利インタビューとか、あんな大観衆を前にナチュラル且つ自信に満ちた態度で、
海外の会場でもすっかり場を制圧しています。

 

羽生選手に関しては、私は昔からフィギュアスケートが好きで、
好きなロシア人選手を追いかけ、大学はロシア語学科へ進もうと考えていたほど(笑)
なので、出てきた時から(当時はさほど注目せず)見ていましたが、
やはり17歳でカナダへ移住した当初は、英語が苦手そうな感じがありました。

今でも発音などは日本人っぽくはありますが、
英語での記者会見も鮮やかにこなしていますし、
外国人のコーチ陣とも英語で十分意思疎通できていることは
実績が証明しています。

 

もちろん、2人とも、ネイティブスピーカーから見れば不足なところがあるかもしれません。
が、英語を話し、英語でコミュニケーションがとれ、海外であっても自分の空間・場にしています。

 

もともとバリバリ話せなくても、自ら話しかける性格でなくても、
競技のために海外に身を置き、
アスリートとしてのスキルを磨きながら
語学力もブラッシュアップさせていった姿には、
マイペースかつ物怖じしまくりな子の親として、
勝手に励まされるばかりなのです。

 

そんな訳で、私にとって、言語習得の理想形は、まさに『海外拠点のアスリート方式』

 

好きで、打ち込めるものを見つけ、必然的に拠点が変わり、言葉の習得までOK(笑)
本人が望めばですが、そんな流れが一番自然なのではないかと思っています。

 

なので、夫の家族、韓国在住の友人知人から、
「子どもたち、韓国語、全然話せなくなったね」
と言われようが、もう気にしません!

(実はけっこう言われるんですよね)

 

もはやバイリンガル環境とはなっていない現在、
無理してバイリンガルを目指すのではなく、
今は細々とでも、色んな種まきをしておく時期だと思うことにしています。

 

言葉も含め、好きそうなこと、本人が打ち込めそうなこと、最低限の勉強。

思考の範囲が広がるよう、行動範囲も他の国へ行くのが当たり前にしておく。

そのうち、海外に行きたいと言い出したら、喜んで環境が整うよう手伝う。

 

それには親の実力も必要なんですよね。
子どもの成長だけにフォーカスせず、
自分のマインド、スキル、マネー力にも磨きをかけねばと思っています。

 

誰しも、自分の可能性がどこにあるかはわからないもの。

外国語に触れていくことが、
一国だけで悶々とせず、必要とあらば海外へも飛び出せるような、

「国境を越えるのは、当たり前」

という身軽さの一助になれば、と願う日々です。