こんにちは〜
親子で世界中・日本中を行き来するライフスタイルを楽しみたい!
そんな夢のために、どこにいても自分らしく生きるマインドと稼ぐ力を身につける、『ボーダレス親子教育』を実践しているelleです。
あけましておめでとうございます!
始まりました、2021年。
まずは無事に、新年を迎えられたことに感謝。
そして、今年こそは、飛行機に乗ったり、各地を旅したり・・・
という日常が戻ってきてほしいものです。
さて、年末年始の私といえば。
平時と変わらず、ステイホーム。
の傍、年末に衝撃演技を披露してくれた
羽生結弦選手のことを考察する日々(笑)
・・・とは言い過ぎかもしれませんが、
いやー、前回の記事
演技を見た後から数日経って
興奮が冷めた状態でまとめたつもりなのですが、
劇的な演技の余韻からか
自分でも何を言っているのか
よくわからない内容になっているなと😅
現地まで駆けつけたり、グッズを集めまくったりするほどの熱狂的FANではないのですが、
フィギュアスケートシーズンの冬になると
やっぱり羽生選手の演技が楽しみ。
そして、衝撃演技を見た後は、
いつも
「この人の凄さって何だろう」
と考えてしまう(笑)
あ、毎回そこまで深刻な訳じゃないんですが、
今回はこの記事のせいか、ちょっとディープに考えてました。
そこで、これを機に
羽生選手の一体何が凄いと思うのか、
考察してみたいと思います。
考えていることが色々あるので、もしかするとシリーズ化するかもしれません🤣
私的意見:羽生選手・凄さのポイント
前回も触れましたが、羽生選手の凄さについては
いくつか思うところがあります。
ただ、当たり前の話ですが
直接の知り合いなどでは全くなく、
実際に対面したり話したことがあるわけでもなく、
その人となりを知るには
メディアや演技、実績などの目に見える情報を通して
感知していく以外に方法がありません。
当然、私というフィルターを通して
情報の取捨選択もなされてしまうかと思います。
なので、あくまで「個人的意見」として、まとめていく所存です。
今回、
羽生選手の一体何がすごいんだろう?
すごいと思わせるのだろう?
と振り返ってみたところ、
私の中でベスト1位は、やはりこれでした。
人間に与えられた心と体を、思う存分発揮している(ように見える)
より詳しく言うと、
心=精神性や、目に見えないもの
体=身体的能力や、目に見えるもの
というニュアンスなんですが。
人間の持つ、目に見える部分と見えない部分のバランスが非常に取れているというか
バランスをとるよう注意を払っているような気がして、
それが結果にも現れているように思えて仕方ないのです。
が、この点は、私の感覚に拠る部分が少なからずあり、
語るにはふわっとしすぎていると思うので、
今回考察する上では
子育てに活かせるヒント・人間性
という軸を持たせてみることに。
その結果、だいたい以下のような感じにまとまりました。
①’好き’という原動力
②目的意識
③客観視する力
④ボーダレスな人付き合い
オマケ:目に見えるもの・見えないものの融合
なんのこっちゃ、ってところ、ありますね😅
それでは、1つずつ見てみたいと思います。
(この時点で、ほぼシリーズ化決定〜)
‘好き’が原動力になっている
まず最初に感じるのは、
羽生選手って、フィギュアスケートが本当に好きで
その気持ちが原動力となり、
ここまでの高みに上り詰めたのではないか、ということ。
もちろん、試合に出るようになってからは
応援してくれるファンや国民の期待 などなど
たくさんのものを背負い、
エネルギーに換え、頑張って来られたと思います。
ただ、原点にあるのは
「スケートが好き」
という、純粋な気持ちなのかな、と感じるのです。
その根拠は? というと、
本人インタビューなど、メディアを通して見聞きした内容には
なってしまうのですが。
例えば、今回の全日本フィギュアを迎えるまでには
カナダ在住のコーチと離れ、
1人日本で練習している過程で
内外共に調子を崩し、
どん底まで落ち込んだこともあったようです。
得意のトリプルアクセルも飛べないくらいだった、とか。
そんな時に、過去のプログラムを滑って
「なんか、やっぱスケート好きだな。
スケートじゃないと、自分は感情を出せないな」
という心境になり、
少し前に踏み出せた、と語られていました。
羽生結弦 メダリスト会見(1)
羽生結弦 メダリスト会見(2)
(2020年12月27日 スポニチ)
どんなに好きでも、レベルが上がれば上がるほど
苦しいこと・辛いことのオンパレードだと思います。
国際的な規模で実績を残し、全世界から注目を浴びるくらいになると
もう想像もつかない世界かと。
が、発言に目を通すと、そんな時でも
「好き」という気持ちに立ち返って
たくさんの壁を超えられてきたのかな、と感じます。
‘好きなこと’との出会い方
ところで、困難をも乗り越えようと思えるくらい好きなことに
どうやって出会えるの?
・・・って、思ったりしませんか??
特に子育て中の立場だと(笑)
我が子には好きなことを見つけて、幸せになってもらいたいとか
それで食べて行ってもらいたいとか
大なり小なり思ったりしますよね。
羽生選手の場合は、少なからず「たまたま」な要素があったみたいです。
スケートを始めたきっかけは、幼少期に喘息持ちで、
負担にならないスポーツを、
と近所のアイスリンクにお母さんが連れて行ったことがきっかけとか。
本人インタビューでも、
「姉が始めて、ついて行くだけで」
との言葉。
そして、小さい頃は、他に野球なども好きでボール遊びをしていたり
必ずしもスケート一筋ではない時期もあったようです。
ところが、
11歳の取材映像では、すでに
「憧れの選手はプルシェンコで、オリンピックでのメダルを目指している」
って言ってるんですよね。
金メダルを取った荒川選手が、故郷のアイスリンク再開&凱旋した時の映像でも、
子どもたちを代表してインタビューに答え、
「オリンピックでメダル取れる気がしてきました」
とはっきり言ってるし!
ここから推察できるのは、
若かりし頃は、他にもやりたいことの選択肢はあったと思うけど
そこから自分で選び取ったのがフィギュアスケートなのでは?
ということ。
そのタイミングは、平均的な子どもよりも早い時期だったとは思いますが。
親戚筋や幼少期のコーチの方へのインタビューなどからも、
フィギュアスケートを選ぶまでの過程が
何となく伺えます。
天才・羽生結弦を育てた「羽生家の家訓」
(週刊現代・2015)
【フィギュアスケーターのオアシス♪KENJIの部屋】羽生結弦選手エピソード1(前編)
(J Sports・2015、本人対談)
‘好き’が定着する理由
もう少し、考察を続けてみます。
何かしらのきっかけで、あることを始めた。
面白かった、もっとやってみたい、好きだと思った ー
ここまでは、比較的、誰にでも起こりうるストーリーかと思います。
では、その「好き」という気持ちが、努力し続けて一定の結果を残せるくらい、
より強固なものとなるには??
いくら子どもに好きなことがあっても、
その気持ちを潰してしまうような周囲の環境であれば、
続けていけないし、才能も花開かずに終わりますよね。
周りの不用意な言葉で、
せっかく好きだったことが好きじゃなくなった
というのも、よくあること。
と、ここで、
幼少期のコーチ・都築章一郎さんのインタビューをいくつか読んでみました。
そこでわかったこと。
もう、都築コーチ自身が、最初から世界目線。
それも、羽生選手に出会う遥か前からなのです。
指導歴50年以上のうち、初期には現在解説者で有名な佐野稔さんを指導し、
佐野さんは世界選手権で3位に。
そこから25年以上経って羽生選手に出会い、
指導し始めた小学2年生の時から、世界に通用する選手にと
「五輪へ行こう、世界一になろう」
と言い続けていたそうです。
そして、長きにわたって世界で戦う選手を育成し続けていたことで、
効率的な練習やノウハウの蓄積があった、とご自身でも分析されています。
且つ、幼少期の羽生選手には
才能を花開かせるべく成長できるだけの条件も整っていたそう。
(曰く、家族です!)
恩師が見つめてきた羽生結弦の進化
(Sports Navi・2015)
以上のことから、
始めたきっかけは些細なことでも、
・世界目線で、才能を伸ばしてくれるコーチ
・支えてくれる家族
などの、成長にプラスな要素に恵まれ、
どんどんと得意なこと、熱意を持って取り組む対象へと変わって
大きな結果が出るまでになったのか、と。
何かしらのきっかけで始める
→ 本人の特性、出会いの運や周囲の環境も味方して
「好き」という気持ちがよりブラッシュアップされ、形として実る
まさに、
種まき → 発芽 → 水、日光、栄養素などがプラスされ、青々とした木に成長
と、まるで1本の木が成長するような、そんなイメージが思い浮かびます。
極めつけ、羽生選手の本人インタビューでは、
このような言葉が。
小さいころからフィギュアスケートが好きだった理由は、
全員が集中して自分を見てくれる、いい演技をしたら喜んでもらえる、褒めてもらえるから。
’好き’が定着し、実るには
本人の特性 + 周囲の環境
が不可欠である、とわかりますね。
‘好き’というパワフルなエネルギー
羽生選手からは、’好き’という原動力がいかにパワフルか、伺い知れます。
これまでの道のりを少し追うだけでも、スケートを続ける中で、
好きだけではどうにもならないこともあったはず。
震災、他選手との衝突事故、手術、怪我、プレッシャー・・・
その度に、大きく報道されたり、時には批判もされたりして、
並みの精神力ではとても持たないに違いありませんが、
いろんな壁を乗り越えて、
10年以上も現役で競技を続けているのです。
しかも、シニアデビューして四大陸選手権で2位になったのが
2010-2011シーズンだそうなので、
10年以上もトップレベルにいるという凄さ。
‘やらされている’のような義務感だけでは、
とても維持できる年数ではありません。
それに、フィギュアは採点競技ゆえ、結果は常に、
自分ではコントロールできないジャッジの手に委ねられます。
嫌なことには、採点ルールやジャッジの判断がコロコロ変わる。
どうすれば点が出るのか、何がOKで何がダメかが時代や人によって変わってしまう・・・
人からの評価や賞賛だけが動機だと、とても対応できないと思いますが、
そんな中で常に結果を出している。
競技を続ける動機が自分軸だから、
判断基準が変わって得点が出なくなった
と心折れたりしないで、
時代に応じた努力を重ねているように、思えてなりません。
さらに、昨年には早稲田大学卒業が話題となりましたが、
卒論のテーマも
「フィギュアスケートにおけるモーションキャプチャ技術の活用と将来展望」
だったそうで。
将来、遠隔でもコーチの指導を受けられるように、
という目的での研究だそうですが、
‘好き’という気持ちから、興味・関心の対象が定まり、
卒論まで書けてしまう。
それも、卒論が、大学卒業のための必須項目ではなく、
自分と後世のために有用な研究という
本来あるべき姿として💦
また、スケートの技術的なことはさっぱりわからないのですが、
羽生選手は芸術性と技術の融合に並々ならぬ情熱を持っていて、
見る人が見ると、エッジワークで音を表現しているのがわかるらしいです。
うーん、ここまでくると、’好き’を通り越して
いい意味でオタクという言葉がしっくりくるかもしれませんね。
私たち観る側も、プレッシャーに喘ぐ選手を見るのは辛いですが、
能動的に動く選手を見るのは、やっぱり気持ちが良い。
そうか、羽生さんがスケートを好きでいてくれるから、
こんなに長く演技を見ることができるのか✨
と、当たり前のことに気づけたところで
考察第1回目を終わりたいと思います(笑)
