ボーダレス

【子育て救済フレーズ】どんな子どもとも、平気で遊ばせよう

こんにちは、elleです。

親子で世界中を行き来するライフスタイルを楽しみたい!

そんな夢のために、どこにいても『自分らしく生きるマインドと稼ぐ力を身につける、ボーダレス親子教育』を実践しています。

 

『ボーダレス教育』と言いながら、
なかなかボーダレスに言及できていなかったのですが、
考えも溜まってきたので
ここからしばらくシリーズで行きたいと思います。

 

常々、子供たちには、国境や人種の壁などを軽々と飛び越えられるような、
どこにいても自分らしく生きられる人になって欲しい、
と思っているのですが
(もちろん、子どもの前に、まずは親の私から)

最近の世界情勢を見ていると、
人々の観念の中には、相当に根深いボーダーがあることに気づかされます。
もちろん、自分も含めて。

 

ボーダレスって、何も国境とか人種とか、
国や地域をまたぐだけの話ではないんですよね。

例えば夫婦関係であったり、
自分や子どもの人間関係であったり、
自分と同じ価値観の人は1人としていない以上、
実は、身近なところにもボーダーって存在するんだと思う、今日この頃。

そこで今回は、子どもたちのことについて、取り上げてみます。

 

 

子どもが学校生活を送り始めてから、
やはりそこにも「違い」「壁」が存在することを感じるようになりました。

とにかく、いろんな家庭環境の子どもたちがいて、
家によってポリシーも様々、
そこで育った子どもたちの行動も、多種多様だな、と。

 

息子が幼稚園の頃は、そういう「他のお家との違い」について、
(私の場合は)あまり悩むことがありませんでした。

様々な地域から、いろんな子どもたちが通ってはいるものの、
なぜか似たような家庭環境や価値観の人が集まっていたんです。

 

そして、息子が入ったクラスでは、男の子たちの中で、
やんちゃな子たち・そうじゃない子たち、
とグループがはっきり分かれていて、
保護者たちも、そのグループ分けに自然と従う形に。

まるきは、これも自然と、やんちゃではないグループに入っていたので、
私も、そこのお母さんたちに声をかけてもらい、
ランチで集まるにも、週末どこかで遊ぶにも、
大体そのグループで仲良くしていました。

子どものお母さんって、
我が子がどんなタイプなのかは
はっきり自覚があるもの。

なので、子どもたち同士似たところがあり、
親同士も似たところがあったり、
悩みの性質が同じ感じで集まっていたので、
とっても居心地が良かったんです。

別に選んで入った幼稚園ではないのですが、
転園して来てみると、たまたまそのような状況だったんですよね。

 

ところが、小学校に入ると、
公立の場合は自分の地域の学校へ通うこととなり、
子どもたちのバックボーンはより多様化します。

それこそ、自分たちとは全く違うポリシーを持った人たちとも遭遇する機会が増え、
一緒に遊ぶことになるわけです。

そこで、親として悩みがちなのが、

 

友だちと遊ぶのはいいんだけど、
我が家とはポリシーがだいぶ違うな。。
このまま一緒に遊ばせててもいいの!?

 

ということなんじゃないでしょうか。

いや、私たちみんな大人ですし、
ある程度の違いならば許容できると思うんです。

自分の考える許容範囲を超えた、超えそう、、という時に
悩みが出てくるのではないでしょうか??

 

私も最近、このことで悩みかけていましたが
気持ちがスッキリ軽くなる解答を発見しましたので、
ここにシェアします。

それが、こちら。

 

子どものうちは、他の子どもたちとたくさん関わらせてあげてください。

 

ジャジャーン。
という必要もないほど、シンプルな解答、いただきました。

 

これは、佐々木正美さんという、児童精神科医の方の著書の1節です。

まるきが誕生した後、
友人が何冊かこの方の本を貸してくれて
読む機会があったのですが、
とにかく、子育て中の親と子に向けるまなざしが優しい。

言ってることが正しい、正しくない、合う合わないなどは置いておいて、
一度読んでみていただきたい本です。

(ぜひ、ご自分や子どものことはジャッジしないでくださいね)

 

このフレーズにはもちろん根拠があって、
それはこういうものでした。

 

タイプの違う子どもと遊べるのは、実は小さいうちだけ。
子どもだって、ある程度の年齢になったら、自然と似たようなタイプ同士が集まって遊ぶようになります。
自分と違うタイプの子どもたちと、 先入観なしに関われる機会というのは、実は貴重です。

 

なるほど。
自分の過去を振り返っても、たしかにそうかもしれません。

大人になった今なんて、タイプ違うとわかっている人には
寄って行くことさえしないし。

子どもの、先入観なく行動できる・人と接することができる特性って、
実は貴重なんだな。。

シンプルな解答ですが、目から鱗でした。

 

長男のまるきも、少しずつ世間の荒波に揉まれ始めていますが、
中でも今年、同じクラスになった近所の男の子のことでは
一喜一憂の日々です。

 

その友だちは、お互いの家が徒歩3分程度の距離、と超ご近所さん。

1年生の時から近所にいることは知っていて、
登校中にもたまに会うことはあったのですが、
その時から何となく、
「ちょっと意地悪なところがあるな」とか、
「気分屋さんだな」
と、親の私は感じたりしていました。

例えば、自分が遊びたい時には
「まるき、遊ぼう!」
と寄って来るのに、
乗り気じゃない時にまるきが寄って行くと、
「こっち来んなよ!」
と逃げるという調子。

幼稚園の時は、そういうタイプの友だちがいなかったので、
親子共々戸惑いましたし、
私としては、

「ちょっとこの子、優しくないな〜
あんまり一緒に遊んでほしくないな」

と思ってしまったりもしたんです。

 

ところが、今年、その友だちと同じクラスになって、
なぜか彼の気分次第で
毎朝家まで迎えに来るようになりました。

そして、そんな中のコロナ禍。
休校中、2人の仲はかつてないほど急接近!

フル休校中に一緒に会ったり遊んだり、ということはもちろんなかったのですが、
休校2ヶ月目から、学校が平日1時間だけ補習を開いてくれるようになると、
毎日一緒に帰宅するように。

まるきは、家へ帰っても私が在宅していますが、
その友だちのお母さんは昼食時までは仕事で帰ってこれない、とのことで、
「暇だから遊んでよ!」
を連発。

一緒に遊びたい! と駄々をこね、我が家の駐車場に居座ったり、
遊ぶ、遊ばないの押し問答
なんてことのオンパレードでした。

 

私としては、このコロナの状況下では
家の中で一緒に遊ぶのNGなのはもちろん、
外でも、長時間遊ぶのは絶対に無理。

12時まで、1時間くらいは一緒に公園で遊んでもいいけれど、
それ以上はダメだよ!

とルールを設けて、折り合いをつけざるを得ない日々。

 

だんだん疲れてきて、

「いやいや、遊ばせたくない訳じゃないけど、この状況だし、
こっちも午後のスケジュールを睨んで、午前中を有効に使いたいし」

などと色んな思いがせめぎ合い、

「ん? 先方のお母さんはどう思ってるんだろう?
この状況、知ってるの?」

と思ったりしました。

 

ところが、やっぱり家により、考え方って違うんですよね。

その友だち、お母さんが帰ってくる時間になっても
「いやだ! もっと一緒に遊ぶ!」
と帰宅せずに居座ったりしていましたが、
そのお母さんは
「あ、そう、わかった」
という姿勢で、迎えに来たり催促することは一切なし。

おかげで、
「お母さん、ご飯作って待ってくれてるよ。もう帰ろう」
と、帰ることを促すのは、もっぱら私となりました。

 

そして、この習慣が、学校が再開した今となっても続いています。

朝は気まぐれに、迎えに来る日も来ない日もあり。

帰りも気が向けば一緒に帰ってきて、
家の前で
「遊びたい遊びたい〜」
の連発。

まるきが習い事があるから、と言っても聞かず、
習い事まで一緒にくっついて来たりもします。

 

と、このような調子の2人ですが、
学校で仲がいいかというと、そういうわけでもないらしくて。

さらには、一瞬、ストレスのはけ口にされてしまったようなこともあり、
相手のお母さんから謝罪メールが来たこともありました。

幼稚園からの気心知れてるメンバーだったら、
まずもってこんなことにはならないし、
一緒に遊んでいても全然問題ないけれど、
いつまでもそんな温室にいられる訳でもないしな〜

 

と、思っていた矢先の、先ほどの子育て救済フレーズ。

家庭によって価値観が違うことに戸惑ったりもしますが、
一緒に遊べるのもこの時期特有とのこと。

思う存分遊ばせてあげよう、という言葉に、
なんだか背中を押された気がしました。

 

たしかに、こんな時期から
『この家は私たちとは違う』
などとボーダーをひいていたら、
もう世界はボーダーだらけになってしまいます。

先入観なく関われる子どもたちって素晴らしい。
私も見習おう、と思ったことでした。