こんにちは、elleです。
このブログでは、
『世界を行き来するライフスタイルを子供と楽しむ、ボーダレス親子教育』
について発信しています。
※教育と表現してはいますが、
「学校のお勉強を頑張るぞ!」ではなく、
世界を行き来できるためのスキルをあれこれと身につけていくことを指しています。
前回は、親である私の観点から、
生まれながらに2カ国のバックグラウンドを持った子供を育てるにあたり、
第三者的な視点で物事をフラットに見つめられるようになってほしいと思ったこと、
親である私の個人的趣向も相まって、
このような目標を持つに至った経緯を書きました。
今回は、この点を子育てという観点からも補足してみたいと思います。
子育てあるあるで思ったこと
子どもがいると、「これがベスト」「これが理想」と
無言の圧を受けているように感じることがありませんか?
私の場合、長男が4歳・長女0歳まで韓国に在住、
そのあとは日本で子育てしていますが、
日本と韓国、どちらにいてもあまり変わらないなーと思ったのが、
月齢に応じた平均的成長に当てはまっていれば良し、
当てはまらなければ問題あり
と、自分も周囲も捉えてしまいがちな傾向でした。
もちろん、月齢に応じた成長が必要であることは十分に承知しています。
ただ、私の性格上、
乳幼児を育てる過程で息苦しかったのは、
こちらが何も言わずとも、
周囲から良かれと思って様々な意見が飛んできたり。
年齢に応じた成長を期待されているように感じて、
我が子を照らし合わせてはジャッジしてみたり、されたり。
ということでした。
韓国はとりわけ、思ったことを率直に言う国民性です。
子どもを連れていると、たくさんの人が話しかけてくれますが、
見た目・表面上の情報に対するコメントがとにかくストレート。
「うちも同じくらいの孫がいるよ。ちょっと背が小さいんじゃない?」
「ちょっと話すのが遅いんじゃない?」
知らない人からでも、こんな風に言われることは日常茶飯事でした。
もちろん、いわんや親戚知人をや、です(笑)
ちなみに、長男に関しては、言われた内容に当てはまると思うことも多く、
反論する気は起きませんでしたが、
やはり嬉しい気持ちにはならず、
人と比べてはいけないと思いながらも
ちょっと悲しい気持ちになったりしていましたね。
一方の日本では、月齢に応じた健診があります。
3歳児健診では、身体測定が終わった後に知能診断がありました。
そこでは、保育士さんと子どもが1対1で会話しながら、
いろんな課題に答えられるかチェックしていきます。
最初はにこやかに迎えてくれる保育士さん。
しかし、次第にお顔の雲行きが怪しくなり。。
それもそのはず、初対面の方の前では固まる傾向にある長男が、
語りかけに一切答えず、
やってみてと言われた課題も全くしなかったのです。
親としては何度も見たことがあるシーン、
場に慣れてきたらそのうち何かするだろうくらいに思っていましたが、
「ちょっとこの子、なんか問題あるんじゃない?」
と言わんばかりの保育士さんの眉をひそめた表情と素振りには、
とても残念な気持ちを抱いてしまいました。
「うーん、なんだか、成長の遅れがないかどうかの粗探し??」
と感じてしまったからです。
結局はその後、保育士さんが少し目を離した隙に
長男が課題を全部やっていたということで、
問題ありというジャッジは下されなかったのですが、
もし万が一成長の遅れが見られたとしても、
問題ありというレッテルじゃなくって
「この子はこういう子なんだね」と温かく受け止めて欲しかった。
そんなふうに思ってしまいました。
社会との関わりでも、このようなことを感じたりしましたが、
夫や双方の親との関わり、親戚での集まり、
同じ歳くらいの子供がいる友人との会話などでも
こういった経験は多々ありました。
(当然、知り合いとの経験の方がより色濃いものです)
おそらく、子供を持つお母さんならご理解いただけるのではないでしょうか。
それぞれの心の中に、
理想の子育て「こうあるべき論」があり、
知らず知らずのうちに、目の前の子どもを判断してしまうんですよね。
私は、もともと
「こうあるべき」と決めつけられるのが大嫌いな性格のため、
そんな風に言われるたびに違和感を感じていました。
子どもをジャッジしていたのは、私だった
と、ここまで書いてきましたが 、
もし私が人目を一切気にしないゴーイングマイウェイの性格であれば、
こんなことぐらい気にも留めず、
記憶にも残っていなかったことでしょう。
そうです、まさに私自身が、
我が子を月齢に応じた成長指標と比べて、
何か劣っているところがあるんじゃないか、
成長が遅いんじゃないか、と
ジャッジしてしまっていたんです。
私の場合、子育て初期にお世話になった方たちは、
幸いにも何かを押しつける・持論を展開するというタイプではなく、
救われていました。
ただ、肝心の夫が、
社会性を重要視し、できれば人より抜きん出ていてほしい、
そんな考えの持ち主で。
第一子に関しては、お互いに子育ても手探り状態、
思いっきり自分の理想を掲げる夫に対し、
ありのままを受け止めたい・受け止めてほしいと思う私。
夫婦間で意見が食い違って、バトルになったりしていました。
ちなみに、何か人より抜きん出ていて欲しいというのは、
わりと一般的な韓国人の考え方だったりします。
本当に理解しがたい部分ですが、
人と比べて勝っているところでマウントをとる
それが一般的に行われている社会ですね。
(優っているところで貢献する、で十分なのに)
政治にも、思いっきり性格出ちゃってますよね。
夫婦間で意見が合わないって、多大なストレスです。
できればそんなストレス、なかった方がいい。
その気持ちが無意識に働いたのか、
平均より劣っていること・遅れていることに敏感な夫とバトルしながら、
次第に私の心にも、
「平均より、話すの遅くない?」
などと、子どもをジャッジする部分が芽生えていました。
もちろん、これではいけない! と思っていましたが、
その頃は、慣れない異国での生活に子育てと、日々生きることに精一杯。
子育てや教育について落ち着いて考える、心の余裕がありませんでした。
理想の子育てを一旦捨ててみる
本格的に考え始めたのは、長男が4歳になってからです。
日本語の習得に苦労した夫が、
幼少期に日本語を身につけさせたいと
母子で日本へ初期留学することになり、
私は子ども2人連れて日本へ帰国。
しばらくは浦島太郎気分で日本を満喫していましたが、
気づけば息子も小学校入学一歩手前の年齢。
周りは、各家庭のポリシーに従い、様々な習い事に奔走。
さあ、我が子はどうする?
これから、どんなポリシーで子育てしていこう??
ようやく、真剣に考え始めたのです。
「フラットな目線を持てるように」
という柱だけは決まっていたため、
まずは日本も韓国も同列で扱い
両国を行き来することが当たり前となるように、
それだけは腐心していましたが、
裏を返せば、まさにそれだけ、の状態。
遅まきながら、
先人の知恵やプロの意見に耳を傾けようと
いろんな本を読んでみたり、
今後どう育てて行こうか、どうするのがベストなのか
考えを巡らせるようになりました。
実は、私の母も元保育士。
鋭い観点で孫の状態を見抜き、様々にアドバイスをくれたものです。
ところが、
子どもも、親である私も、
教育本や人生の成功的なハウツー本の範疇には入れない、
理想の子育て論では語れない部分がたくさんありました。
長男は、群を抜くのんびり屋さん、かつマイペース。
日々の生活でも、様々な行事・イベントでも
やりたければやるし、やりたくなければ一切やらない。
型にはまらないタイプで、
ありのままに受け止めることが難しい時も多く、
ジャッジしたくない、型にはめたくないと思いながらも
親としては、もどかしい気持ちを抱えることも多々。
「もう、私って、親に向いてない!」
そう思うことも日常茶飯事で、
子育て指南本なんかを読むと
「私ってば、ダメ親。。」
と落ち込むこともしばしばでした。
この第一子の子育てを通して、
日々悲喜こもごも経験しながら、
私はハウツー本が指南している理想の子育てから、
一旦距離をおいてみることにしました。
やっぱり、人は一人一人違うので、他人と比べることはできません。
「こうあるべき」
に当てはまらないことだって、
自分にもあるし、子どもにもあります。
子育ても、自分に合ったやり方・目標を見つけよう。
そんな考えが、日増しに強くなっていきました。
シンプルに、子どもに願うことが見えてきた
理想的な親にはなれそうにない私であっても、
してあげられることとは何か。
1つ分かっていることとしたら、
これから子供が経験していく未来は、
私たちの経験では推し量れないものであるということです。
すでに、これまでの価値観が根底から覆されるようなことが
世の中ではたくさん起きています。
IT化・ボーダレス化が進んだ現在の世界だって、
私が生まれた1980年代には想像もつきませんでした。
これからを生きる子どもに対して、
つい、これまでの経験から口出ししたくなるけれど、
それが正しいかどうかは、もはや分からないかも。
そう感じます。
結局のところ、
どんな世の中が来ようとも、
自分らしさを発揮して、生き抜いていってほしい。
子どもに願うのは、シンプルにこれだけ。
現段階では、これが私の結論となりました。
ただ、生き抜くということは現実的なこと。
地に足をつけおく必要がありますよね。
私は、自分でビジネスをしているおかげで、
どこにいても、どこの誰であっても
自分でお金を生み出していける
という確信を得ていたため、
「稼ぐ力を身につける」
これだけは、私自身もブラッシュアップしている過程。
子どもと一緒に学んでいけるんじゃないか?
そう考え、子育ての主軸の1つに据えようと決めました。
いつでも子どもを受け止められる、
海のように広い心はそうそう持てないけれど、
共に学ぶ同志となろう。
そんな感覚です。
次回は、稼ぐ力にまつわる考えをまとめてみたいと思います。
