こんにちは〜
親子で世界中・日本中を行き来するライフスタイルを楽しみたい!
そんな夢のために、どこにいても自分らしく生きるマインドと稼ぐ力を身につける、『ボーダレス親子教育』を実践しているelleです。
新型コロナの影響で、名だたるアパレルブランド・百貨店が苦戦を強いられている昨今。
私も、仕事でアパレル商品を取り扱っている手前、
各ブランドの動向は気になるものですが、
この2年で、かつてお世話になったお店が次々になくなりました。
もう、まさか・まさかの嵐です。
ニュースで目にする、懐かしのブランドやショップ名。
そういえば最近は全然買ってなかったなー
と思いつつ、
その名前に、かつての記憶が蘇り、
図らずも、過去のショッピング体験を思い出すきっかけとなることも。
で、過去のお買い物アレコレを五月雨式に思い出していたのですが、
まあ良い買い物もあれば失敗もたくさんしたな、と。
でも、トータルでは、こう思いました。
自分の装いにお金をかけた時期があったことは
決して悪いことではなかった!!
むしろ人生楽しかった!!
そして、同時に思い出したのが、
ファッションにお金をかけるきっかけとなった
1人の友人の存在。
今回は、そんなかつてのショッピング事情を振り返ってみたいと思います。
(悲報)コロナ渦で、メジャーだったブランドやお店が消滅!
それにしても、かつてお世話になったり
憧れていたお店の閉店ニュースには
(今は行く機会がないとは言え)
悲しくなるばかりです。
アメリカのBarneys New York。
(日本の新宿店もクローズとニュース出ましたね)
同じくアメリカの百貨店・ニーマンマーカスの経営破綻。
どちらも、ニューヨークに行った時にはワクワクしながら覗いた、
権威ある百貨店でした。
(当時はお金的に、主たる用事はコスメコーナーでしたが)
近年は、特にバーニーズのオンラインにお世話になっていましたが、
ある日突然サイト上に「日本に発送できません」の表示。
・・・えっ、いきなり!?
そして怒涛の、閉店SALEのニュース😢
あのラグジュアリーだった店内が、
ああも閑散とし、
SALEポスターがベタベタと貼られ、
商品がまるで無価値な状態で放置されているとは・・・
バーニーズ、コロナ以前から厳しい経営状態にあったようですが、
それでも、かつての威風堂々とした店構えを思うと
俄かには信じがたかったものです。
それでなくても、アメリカでは、
老舗デパートのロードアンドテイラーやヘンリベンデルが
近年相次いで閉店。
アパレル小売業界の厳しさが露呈されていたというのに
ますます寂しくなりました。
さらに、国内アパレルの苦戦ぶり、淘汰されっぷりには
時代の移り変わりをまざまざと感じます。
少し前には aquagirl というブランドがワールドからなくなりました。
アクアガールといえば、
近年こそプチプララインを出したりして
すっかりイメージが様変わりしていましたが、
私が若かりし頃はオシャレなセレクトショップの代名詞!!
オリジナルラインも単価高めの上質な服を揃えていて、
他にたしか、インポートものも置いていたでしょうか。
ユナイテッドアローズより少しガーリーな感じの品揃えには夢があり、
渋谷のアクアガールといえば、用事がなくとも立ち寄っていた
憧れのお店の1つだったものです。
他にも、NATURAL BEAUTY、OZOC・・・
と、一時代を築いたブランドがなくなる中、
ここ最近の衝撃は、VIA BUS STOP閉店のニュース😭
もう今や、どこが倒産しても閉店してもさもありなん
という感じではありますが、
さすがにこのニュースはショックでした。
懐かしのVIA BUS STOP
というより、最初の感覚は
VIA BUS STOP(ヴィアバス)!!
懐かしい!!
この一言。
一気に感覚が大学時代にタイムスリップ、
当時のことが蘇ってきました。
そこで思い出したんですよね、
昔って、洋服にお金かけてたな〜って(笑)
今よりお金ないのに😂
ヴィアバスストップ(みんなヴィアバスと呼んでいた)は、
尖ったセレクトが特徴の最先端セレクトショップでした。
私が最後に行ったのは、
丸の内のKITTEにあったお店でしたが、
「なんか前とイメージが違う」と感じたので、
その昔はさらにモード寄りだったような気がします。
大学時代(約20年前。我ながら驚き!)、
当時仲の良かった先輩が洋服にめちゃくちゃお金をかける人で、
大学生ながらプラダやドルチェアンドガッバーナ(香水じゃないですよ)で
服を買っていたんですよね。
その人がVIA BUS STOPでも常連で、
有楽町西武にあったショップに懇意にしている店員さんがいて
よく出入りしていました。
当時のVIA BUS STOPは、
まさに、雑誌『装苑』の世界。
アレキサンダー・マックイーン
マルティーヌ・シットボン
アン・ドゥムルメステール
ヴェロニク・ブランキーノ・・・
などなど?
どんなラインナップだったか詳しくは思い出せませんが、
とにかくコレクション情報に出てくるブランドの服を
実際に手に取ることができるお店で、
雑誌ラバーだった私はワクワクしたものです。
セレクトはエッジーなものが多く、
好みのテイストとは少し違ってはいたのですが、
格好良い服が本当にたくさんありました。
ジャン・コロナという、今はなきブランドの花柄トップス。
ヘルムート・ラングのデニムジャケット。
憧れて手に入れたものの1つで、
ヘルムート・ラングの方は今もクローゼットにあります。
当時、スリムなカッティングの服が多かった中で、
比較的オーソドックスな作りながら
変なもたつきもなく、
今着ても全然おかしくないデザインなんです。
ヘルムート・ラングは、とにかく当時、大人気で
「デニムといえばラング」
「1つは持っておかないと!」
みたいな雰囲気があり、
まんまと乗った気もしますが(笑)
イタリア好きで、ドルガバ路線が定番だった友人は、
そこで一体何を買っていたのか?
アンナモリナーリというブランドの常連でしたが、
それを買っていたのはヴィアバスだったか、直営店だったか・・・
頻繁に試着に付き合ったわりにはあまり覚えていないのですが、
その試着が、あーでもない・こーでもないと
とにかく長く、
ヴィアバスをひととおり見終わっては
周辺のお店もよく散策。
同じフロアには、Costume Nationalという
これまた格好いいブランドがあって、
「この前、松雪泰子が来てた」
って話をしたりとか(!)、
そういう時代でした。
懐かしの有楽町〜銀座界隈。
その先輩は、当時、大学でも学外でも、
最も頻繁に会っていた、一番の友人。
共に、有楽町〜銀座界隈でアルバイトをしていて、
だいたいこのエリアに集合して遊んでいましたが、
一緒に有楽町西武の地下にあったエステサロンでバイトをするようになってからは、
有楽町マリオンの地下道といえば庭(というか職場)。
バイトが終わると、そのまま銀座エリアへ行くか
地上に上がって界隈のお店を覗くか。
バイトのない日も、有楽町に集合しては
ご飯を食べ、ショッピングをし、遊び・・・
って、いつ勉強していたのか謎ですが、
ともかくそんな日々を送っていました。
学校も近かったし、
お互いの自宅最寄駅の沿線沿いだったこともあって
出やすかったんですよね。
当時の有楽町〜銀座界隈は、百貨店天国。
有楽町駅に降り立つと、西武・阪急を賑やかし、
日によって数寄屋橋阪急に行くか、
プランタン銀座に行くか、
三越まで少し足を伸ばすか。
そこだけで概ね事足りていて、
あまり松屋にまで足を運ぶことはなかったかなと思いますが、
用事次第で松屋・松坂屋へ行くことも。
BEAMSやオペーク、FOXEYなんかも人気でしたが、
コスメも見るから、なんだかんだで百貨店。
・・・の合間にHMVを覗いて、ソニプラ行って、
と、興味対象を全方位カバーしようとして、
無駄に忙しかったものです。
私の世代は、まさにthe 就職氷河期ではありましたが、
メイン服のトレンドはコンサバ真っ只中で、
おそらく皆、服とかにまだお金をかけていた時代。
ユニクロやForever21、H&Mなどのファストファッションが
銀座に上陸する前の話で、
買い物に行っても今よりプチプラの商品がなく、
結果、それなりの服を買ってました。
とにかく、暇だったのか、
自分のことだけにお金をかけられていたから
なせる技でしたね。
友人の影響で、出入りするお店が変わる
で、やはり、バイト終わりにすぐ行ける手軽さから、
マリオンの2デパートを見ることが多かったのですが、
元々、当時の私の金銭感覚では、
ヴィアバスが入っていたインターナショナルブランドの階は
とても常時買える価格帯ではなく、
用のなかったエリアでした。
そもそも、同学年の友人たちとは、
どこへ行ってもヤングレディース(今は死語?)フロアで
買い物するのが常。
それこそOZOC、組曲、ロートレアモン、
INED、INDIVI、ef-de、rouge vif、
少し高くてMarc Jacobs LOOKなど。
他にも色々あった! でも思い出せない(笑)
とにかく、その辺りのブランドが集結するエリアが元々の生息地でした。
そんな中、その友人は、インターナショナルブランドにしか用事がなかった😅
雑誌の中でしか目にしたことのないハイブランドを
当たり前のように買って着ていて、
出入りするお店も海外ブランドばかりだったので、
必然的に、私の御用エリアも
徐々にコレクションブランド中心へと変化。
百貨店でいうと、通う階が
1つ上の階になった感覚です。
(若い子向けが2F/インポートブランドが3F
のようなフロア構成だったので)
と言っても、友人ほどのハイブランドではなく、
よく買っていたのは
Max&Co.やヴィヴィアンタム。
・・・って全然テイストが違いますが、
どちらも毎シーズン、コレクションを発表するブランド。
装苑などの雑誌を介して、
ものづくりや芸術の観点で
ブランドのクリエーションに興味を持ってもいたので、
ランウェイに登場した服が店頭に並んでいるのが嬉しくて、
目をつけていた好きなデザインの服を買っては
自己満足に浸ったり・・・なんてことをしてましたね(笑)
「あ、これ、ブランドのキャンペーン広告に出てた服だ!」
って飛びついたりして
完全にミーハー状態でした。
シューズフロアでも、友人が覗くのはインポートのエリア。
そこで教わったのは
「セルジオ・ロッシはヒール靴の帝王」という美学(笑)
「とにかくラインが綺麗で履きやすいのがロッシなんだよね〜」
(友人口調ママ)
などと言われるがままに、
靴といえばセルジオ・ロッシにマノロ・ブラニク・・・
と、インプットしていったものです。
結論:自分への投資は楽しい!
当時は、自分なりに、
・好きなテイスト
・身を滅ぼさないプライス
を考慮して、考えに考えて
購入という決断を下していたつもりでした。
が、後から振り返ると、
何故、これを買ってしまったのか?
という服もなきにしもあらず。
これは使える! と買ったものの、
外で見ると驚くような蛍光色で
結果着る機会がなかった服もあるし、
会いに来てくれた両親と、自宅最寄駅で待ち合わせした際、
登場した私の服装にドン引きされたこともありました😅
ブランドのテイストにもよりますが、
インポートブランドは
・好き
・普段使える
・(そもそも本業の)学校へ来ていける
ここら辺をうまくミックスさせるのが至難の技で
いつも試行錯誤していましたね。
ただ、今思い返しても、当時の買い物は楽しかったです。
よく通っていたのは有楽町〜銀座だったけど
当然他のエリアにも行っていた訳で、
新宿や代官山などの
かつての街並みを思い出すだけで胸アツです。
ヴィアバスも、代官山の路面店はもっと広くて楽しかったし、
全然用事はなかったけどゴルチェの路面店が
やたら目を引く建物だったなー とか、
「このブランドのデザイナーはこの人」
情報がクローズアップされ始めた時代で、
代官山にあったMILK FEDといえば
あのソフィア・コッポラの! とカルト的な人気で
今と全然イメージが違い、
マーク・ジェイコブズと聞くと
これまた今と全然印象が違う気がする。
デザイナーによるデザインって良い、
と一般人にも知らしめてくれた人というか、恩人(?)
当時の感覚で、親しみを込めてマークと呼びたくなってしまう(笑)
と、こんな具合に
勢いで買い物したり街を歩いていた時代、
全くの無計画、将来性は何もありませんでしたが
とにかく楽しかった。
この後、社会人時代になると
素敵なセレクトショップや複合ビルがたくさんできて、
出入りするお店も場所も変わり、
それはそれで沢山の思い出がありますが、
楽しいお買い物の原点はやはり、
この学生時代にある気がします。
そして、
自分の好きなものに損得考えないでお金を使う。
このパワーはすごい!!
と、月日が経ってもワクワクする
この感情が証明していると感じたのでした。
結論:自分への投資は楽しい!
